IPO準備企業が上場審査に向けて整えるべき労務管理体制とは
株式を公開することで大きなメリットを得られる株式上場。
IPOに向けて準備を進める中、企業内部の管理体制を強化しなければなりません。
特に労務管理体制は上場審査で厳しく審査される項目です。
上場審査をスムーズにクリアするためには、労務管理問題を把握し対策する必要があります。
今回は、IPO準備における労務管理体制について解説していきます。
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目次[非表示]
- 1.IPO準備企業が整えるべき労務管理体制
- 1.1.上場審査で重視されるのはコンプライアンス
- 1.2.上場審査で具体的に確認される労務管理の項目
- 1.3.IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「未払い賃金の有無」
- 1.4.IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「就業規則の作成」
- 1.5.IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「非正規従業員の労務管理」
- 1.5.1.パートタイム労働者に対する社会保険適用の範囲拡大
- 1.5.2.無期転換ルール
- 1.6.IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「ハラスメントの防止・対応」
- 2.上場審査で労務管理とともに重視される反社会的勢力排除とは
- 3.まとめ
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IPO準備企業が整えるべき労務管理体制
労務管理とは、労働者の賃金や労働時間などの規則や、福利厚生・ハラスメント問題に対する施策についての管理をいいます。
IPO準備中の企業は、上場審査に備え労務管理体制を整えておく必要があります。
労務管理体制を整えると、上場審査をスムーズにクリアできるだけでなく社内の労働環境改善にもつながるのです。
労務管理体制の整備は労働基準法などの法律に沿って進めます。
そのため、法律に関する正しい知識を身につけておくのも大切です。
関連記事:IPO準備企業が整備すべき人事・労務とは 懸念点についても解説
上場審査で重視されるのはコンプライアンス
労務に関するコンプライアンスは上場審査で最も重視される点です。
日本取引所グループの上場審査の内容を一部抜粋してまとめたものが下記になります。
- 事業を公正・忠実に実行し企業が健全であること
- 監査役や社内の仕組みによってコーポレート・ガバナンスが整備されていること
- 内部管理体制が整備されていること
上場審査では、労働基準法が遵守されているかや不祥事がおきにくい体制が整えられているかが重視されます。
労務コンプライアンスが整備されていないと、金銭的なリスクや信用のリスクにつながります。
労務管理体制を整えるうえで、労務コンプライアンスにまつわる問題には早急に対応しなければなりません。
関連記事:IPO準備にはなぜ反社チェック(コンプライアンスチェック)が必要なのか?上場基準の反社会的勢力排除の体制づくりについて解説
上場審査で具体的に確認される労務管理の項目
上場審査では労務管理体制を細かくチェックされます。
具体的にどのような項目が見られるのでしょうか?
上場審査で確認される労務管理の項目は下記になります。
- 就業規則・36協定の整備
- 社会保険の加入
- 勤怠管理
- 労働安全管理体制
- 未払い残業代の有無
- 有給休暇の取得率
- 解雇トラブル
上場審査ではこれらが整備・遵守されているかがチェックされます。
労働に関する法令を守るだけでなく、管理体制が整えられているかも重要です。
利益基準をクリアしていても、労務管理の項目がクリアされていないと上場取り下げになる可能性も。
IPOするには上場審査で確認される項目を押さえ、適切に改善する必要があります。
関連記事:IPO準備企業が上場までのフェーズごとにやるべきこと
IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「未払い賃金の有無」
未払い賃金の有無は上場審査において最重要項目の1つです。
賃金債権の消滅時効は5年間のため、5年間の間で未払い賃金が発生していないかを確認されます。
未払い賃金があることが発覚すると、最悪の場合、上場取り下げとなってしまいます。
万が一、未払い賃金がある場合は、上場申請前にすべて精算しておかなければなりません。
未払い賃金が発生する原因になりやすい項目は以下の通りです。
- 労働時間
- 割増賃金
- 管理監督者
IPO準備を進める上での労務管理で未払い賃金が発生していると大きな問題となります。
課題点がある場合はすぐに改善策を講じるようにしましょう。
労働時間
労働時間や割増賃金について整備がされていないと、未払い賃金が発生する原因になります。
法定労働時間は1日8時間・1週40時間です。
企業はこれを超えて労働させることができません。
しかし、変形労働時間制やフレックスタイム制を導入すると、法定労働時間を柔軟化できます。
これらの制度のメリットは、時間外労働や割増賃金の発生を押さえられる点です。
しかし、労働時間を適正に把握しておかないと未払い賃金の発生につながります。
タイムカードや勤怠管理システムを適切に導入すると、未払い賃金を防げます。
割増賃金
上場審査では割増賃金の計算も適切に管理できているかもチェックされます。
時間外労働・休日労働・深夜労働それぞれの割増賃金はどの労働者に適用されるかも理解が必要です。
それぞれの割増賃金は下記になります。
- 時間外労働+25%
- 休日労働+35%
- 深夜労働+25%
なお、これらの割増賃金は重複する可能性があります。
時間外労働が深夜の時間帯である場合は、通常賃金に対し50%の割増賃金が発生します。
参照:厚生労働省 法定老荘時間と割増賃金について教えてください
これらの管理は複雑なため「固定残業代制度」を設けている企業があります。
しかし、この制度の適法要件を理解し適用できていないと未払い賃金が発生する原因になります。
その要件とは下記の2つです。
- 通常の賃金と割増賃金が判別できること
- 割増賃金が法定計算額以上であること
どちらも適切に理解・管理できていることが大切です。
管理監督者
管理監督者についての理解も労務管理体制を整えるうえで重要な項目です。
管理監督者とは、一般的に部長と呼ばれる立場をいいます。
通常の労働者に対し、権限や労働時間の規定が異なります。
そのため、賃金の支払いについても通常の労働者と違いが生じ、未払い賃金が発生しやすいです。
IPO準備中の上場審査では、会社で定めている管理監督者の状況を説明しなければいけません。
社内での権限・報酬・労働時間など確実に答えられるようにしておきましょう。
関連記事:IPO準備企業にはなぜ監査法人が必要?必要な理由と選び方について解説
IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「就業規則の作成」
IPO準備期間中には、就業規則の作成を適切におこなう必要があります。
上場審査では、作成された就業規則が実際の現場と異なっていないか・現在の労働法規にあっているかを審査するためです。
就業規則には、「絶対的記載事項」「相対的記載事項」「任意的記載事項」の3つを記載します。
会社として多忙な時期が続いていると就業規則の見直しができていない場合も多いです。
IPOに向けて動く際には必ず就業規則の作成・見直しが必要になります。
絶対的記載事項
絶対的記載事項は会社法によって必ず記載しなければならない事項になります。
始業・終業時刻や休憩時間・休日に関する項目が記載すべき内容です。
賃金については賃金の計算方法や支払い方法・昇給についても記載しなければいけません。
この事項に漏れがあると、労働時間や賃金について労働者へ共有できていないと見なされる場合があります。
参照:e-Gov 労働基準法
相対的記載事項
相対的記載事項とは、退職手当などに関するものです。
労働者と会社との間で共通認識としておくべき事項が記載されます。
相対的記載事項に記載する項目は、退職手当が適用される労働者の範囲や手当の金額・計算方法です。
また、臨時の賃金(結婚手当など)や最低賃金額も記載します。
参照:e-Gov 労働基準法
任意的記載事項
任意的記載事項には、就業規則をどのように決めたか、どのように適用するかなどが記載されます。
服装の指定なども任意的記載事項に記すことができます。
関連記事:IPO準備時に必要な社内規程(社内規定)の整備とは 作成の注意点を具体的に解説
IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「非正規従業員の労務管理」
非正規従業員の労務管理も、上場審査でチェックされる項目です。
派遣・パートタイムや業務委託などの非正規従業員は増え続けているため、多くの法改正がされています。
上場審査ではこまめにおこなわれる法改正に柔軟に対応できているかが審査されます。
最新情報を常に取り入れ、素早く適用することが大切です。
パートタイム労働者の保険適用範囲と無期転換ルールに関して解説していきます。
パートタイム労働者に対する社会保険適用の範囲拡大
パートタイム労働者の社会保険適用拡大は大きな法改正の一つです。
現在の条件の一つに「従業員数が501人以上」の項目があります。
2022年10月から従業員数が101人以上、2024年10月からは従業員数が51人以上になっています。
また、以前は「見込み雇用期間が1年以上の労働者」が社会保険の適用でした。
2022年10月から「見込み雇用期間が2ヶ月超の労働者」に引き下げられるなどさまざまな要件の法改正が進められています。
無期転換ルール
契約期間が定められている労働者へ雇用の安定化を図るため、「無期転換ルール」が2013年から施行されています。
契約期間満了後に無期労働契約に転換するよう労働者が申し込めるルールです。
契約期間が通算5年を経過した場合に労働者から申し込みがあった場合は、必ず適用しなければなりません。
例外として、契約期間の間に6ヶ月以上の空白が生じた場合は通算がリセットされます。
上場会社に限らず、全ての会社でこのルールが適用されている必要があります。
IPO準備企業で問題になりやすい労務管理問題「ハラスメントの防止・対応」
「ハラスメント問題」もIPO準備で改善しなければいけない労務管理問題の1つです。
パワハラやセクハラへの対策は法律上義務付けられています。
具体的な防止措置の例は下記の通りです。
- 就業規則や社内方によってハラスメントの発生原因や方針を労働者に周知させる
- 労働者が利用しやすい第3者からなる相談窓口を設置する
- ハラスメントが発生した場合の適切な対応を研修すること
- ハラスメントが発生した場合の確認・対応が仕組み化されていること
参照:厚生労働省 職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)
ハラスメントは上場審査の項目である企業の健全性に深く関わります。
発生しないように防止措置を講じ、発生した場合に備えることも大切です。
関連記事:IPO準備中にも影響する内部統制報告書とは J-SOXへの対応について解説
上場審査で労務管理とともに重視される反社会的勢力排除とは
2011年に施行された暴力団排除条例により、全ての企業は反社会敵勢力の排除体制を整えなければなりません。
これにより、上場審査では労務管理体制とともに「反社会的勢力排除体制」を強化しておく必要があります。
反社会的勢力排除体制とは、企業が反社会的勢力と関わらないようにする体制をいいます。
警察や外部機関との連携を強めたり、反社会的勢力に関する社内教育がこれにあたります。
社内だけでなく、取引先・株主に反社会的勢力が関わっていないことが大切です。
もし、反社会的勢力と関わりがあるとどうなってしまうのでしょうか?
2015年、反社会的勢力の疑いがある企業から出資を受ける報告をしなかった企業が上場廃止処分となりました。
この実例から、自社が健全であっても取引先に反社会的勢力の疑いがあると重い処分が下されてしまうのです。
では実際どのように反社会的勢力を排除していけば良いのでしょうか?
具体的な施行例として下記があります。
- インターネットや新聞記事のデータを活用する
- 調査機関や興信所を利用する
- 警察に相談する
インターネットや新聞記事のデータを活用するだけでも十分に効果があります。
取引がはじまりそうな会社の情報がデータベースにヒットしないかを確認すると効果的です。
専門の調査機関や興信所を利用する方法もあります。
インターネットだけでは調査できない情報も専門機関を頼ることによって手に入れられます。
警察や暴追センターが保有する反社会的勢力データベースとの照合でも調査できます。
もし取引先が反社会的勢力だと言える材料が集まったら、警察に相談する必要があります。
怪しいと分かっていながら取引を進めるのはとても危険です。
IPO準備中には、今回解説している労務管理体制とともに反社会的勢力排除体制も整えるのが重要になります。
関連記事:【上場企業の事例つき】反社・コンプライアンスチェックとは?
まとめ
IPO準備中における労務管理体制について解説してきました。
スムーズなIPOには、労務コンプライアンスの整備や労務管理全般の問題を洗い出し改善しておく必要があることをご理解いただけたかと思います。
法改正にも柔軟に対応し、IPO準備を進めていきましょう。
関連記事:IPO準備企業が上場を目指す上で知っておくべきインサイダー取引規制とは
関連記事:反社チェックが必要な理由とは?行うべき対象や実施方法を解説